私は音楽がなければ今ごろ死んでいた。
子供の頃から音楽が好きだった。
音楽の通信簿はほとんどいつも「5」。時々「4」。
特に楽器の演奏がうまく、必ずクラスのトップクラス。
小学校の頃、ブラスバンド部に入った。
学年でたった5人しか入れない狭き門だ。
だが、私の入学した中学校にブラスバンド部はなかった。
そこから、私は音楽と離れてしまった。
美術の成績もたいてい「5」か「4」だった私は、
しょうがなく、美術に流れた。
すると、絵を描いたり、デザインをすることも楽しくなってきて、
デザイナーになりたくなった。
音楽は忘れようと思った。
だが、私には致命的な欠陥があったことを忘れていた。
祖父が緑赤色盲なので、隔世遺伝で私も色盲だったのだ。
色盲である自分、自分の家系を憎んだ。
グラフィックデザイナーを職業とする夢はついえた。
音楽家になるにも年をとりすぎていた。
だから、私は音楽ばかりを聴いている。
毎日、音楽を聴いている。
だけど、いつまで悔やんでも仕方がないんだ。
それが人生なんだ。
去年、子供の頃に習っていて、やめてしまっていたピアノを習い始めた。
30年ぶりのピアノだ。
「音楽」。それはやっぱり、私の人生だ。
子供の頃から音楽が好きだった。
音楽の通信簿はほとんどいつも「5」。時々「4」。
特に楽器の演奏がうまく、必ずクラスのトップクラス。
小学校の頃、ブラスバンド部に入った。
学年でたった5人しか入れない狭き門だ。
だが、私の入学した中学校にブラスバンド部はなかった。
そこから、私は音楽と離れてしまった。
美術の成績もたいてい「5」か「4」だった私は、
しょうがなく、美術に流れた。
すると、絵を描いたり、デザインをすることも楽しくなってきて、
デザイナーになりたくなった。
音楽は忘れようと思った。
だが、私には致命的な欠陥があったことを忘れていた。
祖父が緑赤色盲なので、隔世遺伝で私も色盲だったのだ。
色盲である自分、自分の家系を憎んだ。
グラフィックデザイナーを職業とする夢はついえた。
音楽家になるにも年をとりすぎていた。
だから、私は音楽ばかりを聴いている。
毎日、音楽を聴いている。
だけど、いつまで悔やんでも仕方がないんだ。
それが人生なんだ。
去年、子供の頃に習っていて、やめてしまっていたピアノを習い始めた。
30年ぶりのピアノだ。
「音楽」。それはやっぱり、私の人生だ。

