乱聴
今日こんなものを聴いた。
「ROCK AND ROLL HERO」桑田佳佑
桑田佳佑は、戦後の日本の音楽シーン全体を代表するほどの天才であることはもはや間違いなく、これほどの才能を持ったアーティストは、かつて日本にはいなかったと言ってもいいくらいだと思っている。

そういう恵まれた才能の持ち主である彼が創ったこのソロ・アルバムというものは、彼の今までに創り出してきた膨大な数のサザン・オールスターズというバンドの中での楽曲と比較して、やや違うベクトルに向いていることは確かで、その方向性というものに対して、私はどうとらえたらいいのか迷っている。

サザン・オールスターズの曲は、私自身もちろん非常に好きな曲もあったが、今までの私にとって彼らの世界観にそれほどフィットしてきたとは言いがたく、それゆえ彼らの曲やアルバムというものをすべて聴いてきたわけではない。

だがサザンの音は、このソロアルバムほどあからさまに洋楽を意識したものではなかったはずだ。

このアルバムは単にタイトルの示す通り、アメリカのロックンロールのヒーロー達に対するオマージュのみで出来た企画盤として考えるべきものなのだろうか。

私のように年がら年中洋楽ばかり聴いているような人がこのアルバムを聴いたら、この曲はニルヴァーナ風で、この曲はレニクラ風で、この曲はジミヘン風で、なんてすべて分かってしまうはずだ。

そのことが悪いとは決して思わない。
こういう傾向のアルバムというのは、ほかにもたくさんのアーティストがやっているし、その中には傑作と呼ばれるものも少なくない。

ただ、あれほどの才能に恵まれた桑田佳佑というアーティストが、「こういうもの」ばかりを何度もはやってほしくないという気はするのだ。

このアルバムは、ふだん洋楽をよく聴く人がわざわざお金を出して聴く必要はないアルバムで、それよりは、ふだんまったく洋楽と無縁の人がぜひ聴くべきアルバムだ。

私としては、そうやって、このアルバムを聴いた人たちは、その後、本物の洋楽をぜひ聴いていってほしいと思うのだ。


しかし、このアルバムの中の「東京」という曲だけは、何かロックンロールヒーローとは異質の感じがするのはなぜだろう。
まるで昭和の時代の歌謡曲のようで、まったく今の時代を無視したような大胆な構成の曲だ。
初めてこの曲を聴いた時は、心底、桑田佳佑スゴイなあ、と思った。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽